東條操「大阪方言の文献」

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
「検索」ボタンを活用して下さい。 岡島昭浩がやっております。 一部、JSPSの15H01883,18520354などの恩恵を受けております。

東條操「大阪方言の文献」

東條操

『土俗雑誌 田舎 方言号』昭和9年8月1日刊


東條操著作集別巻

 大阪方言文献は旧幕時代では化政度以降に於て多く現はれてゐる。特に江戸大阪との言語風俗の相違を写したものが多い。文化十三年の吾妻の家土産、文政四年烏歌話天保六年浪花雑談街の噂、文政三年浪花の風等も江戸京阪との比較を主としたものである。天保頃の方言番附で残つてゐるものもある。

 単行本としては「浪花方言」と「新撰大坂詞大全」の二つがある。 「浪花方言」は浪花聞書とも言ひ写本であるが、古典全集で之を複刻した、烏歌話引用が多い。文政年中の作と思はれる。著者は不明である。 「新撰大坂詞大全」は鈴鹿氏が嘗て典籍の研究に紹介された事があり、天保十五年刊本大阪順慶町柏原屋の版である。画工は五山作者は不明である。この二書はあまり共通の単語もなく互に相補ふべきものである。

 明治以後に於ては明治十九年東京上方屋版の「東京上阪言語違」と言ふ一枚摺がある。

 其後所見なく明治三十六年大阪市保育会から「大阪のをさな言葉」、「幼児の言語」と言ふ二種の本が出てゐる。之は明治三十四年に市保育会が幼児の卑語片言を訂正する目的で幼稚園の園児の言語を取調べたもので約四百の言葉を集めてある。菊版六十二頁の上製本が「幼児の言語」で、四六版三十四頁の並製本が「大阪のをさな言葉」で、内容は殆んど同じ物である。

 日本民俗研究会で複製したのは「幼児の言語」からであるらしい。之には「大坂弁百語略解」を合せ「大阪に於ける児童の言語」と題して昭和六年謄写版で同会から印行してゐる。

 明治三十九年には大阪市東区教育協会から「言葉のよしあし」と言ふ横本が出版されてゐる。之は方言矯正の目的で、明治三十七年から調査したもので語数八百余語を五十音順に分類してある。同書によると清水谷高等女学校にも方言の調査物があつたやうである。なほ、筆者の見ないもので大阪南区小学校編の音韻並に口語法に取調報告書と言ふものがある。之は文部省国語調査委員会への答申と思はれる刊本らしい。御承知の方は御示教下さい。

 昭和七年に八尾高等女学校から「大阪言葉についての研究」と言ふ謄写版の小冊子が出てゐる。清水教諭の指導の下に五年生が編纂したもので大阪語のアクセント等の研究がのせてある。

 以上が私の知つてゐる大阪市の方言の研究物の全部である。大大阪市としては驚くべきほどに貧弱である。

堂々たる大阪言葉の研究がもつと現はれてもよさそうなものだと思ふ。

 師範などでは早くから方言に関心を持つてゐたやうで、其稿本もあつたやうであり、また此頃も研究されてゐるとの話も聞くが、池田師範の「北斗」第卅二号の調査報告以外には未だ公にされたもののあるを聞かない。各府県の師範学校から立派な報告書が続々出版される今日、大阪の三師範の奮起を促したい。

 大阪方言文学には仲々見るべきものが多い。

 大正三年上司小剣の「鱧の皮」、大正十一年水上滝太郎の「大阪」近くは、谷崎潤一郎の「まんじ」、又曽我廼家五郎の喜劇脚本なども立派な方言文学である。

 大阪方言でも特殊な船場の方言は土地ツ子の石丸梧平氏が「船場のぼんち」の中に写してゐるが、之などは方言の崩れて行く今日、よく調べておきたいものである。

 大阪方言文献は案外に少ない。之が筆者の言ひたい言葉であつた。

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。