彌富破摩雄『中島廣足』

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
「検索」ボタンを活用して下さい。 岡島昭浩がやっております。 一部、JSPSの15H01883,18520354などの恩恵を受けております。

彌富破摩雄『中島廣足』

彌富破摩雄

中島廣足

第一編 傳記

 第一章 御小姓時代(寛政四年文化十一年=廿三年間)

  一、廣足の父祖、別名、出仕

  二、廣足の隱居

  三、一柳千古へ入門

 第二章 島崎時代(文化十二年文政四年=七年間)

  一、千古の上遊慫慂

  二、長瀬眞幸へ入門

  三、島崎の庵と白川の庵

  四、本居大平との關係 

  五、失意生活

  六、岡部春平の來訪

 第三章 長崎時代 其の一(文政五年-十二年=八年間)

  一、橿園の由來

  ニ、本間素當と和田千尋

  三、初度長崎

  四、義妹の縁談

  五、長崎諏訪大宮司學校招請

  六、廣足の改名

  七、樺島遭難

 第四章 長崎時代 其の二(天保元年弘化四年=十八年聞)

  一、平田篤胤訪問

  二、家庭の紛紜

  三、一柳千古

  四、廣定の養子

  五、自讃歌奉呈

  六、古山尹猷

  七、今井克復、中村元道の入門

  八、近藤光輔と青木永章

  九、伴信友との關係

 第五章 長崎時代其の三、(嘉永元年i安政三年=九年間)

  一、長綺に於ける橿園

  ニ、船曳大滋と橘守部

  三、著書出版

  四、長崎

 第六章 大阪時代(安政四年文久元年=五年間)

  一、大坂に於ける橿園

  二、今井克復の記録

  三、得意生活

  四、熊本より召抱の内意

 第七章 國學師範時代(文久二年元治元年=三年間)

  一、熊本に還る

  二、新屋數の賜邸

  三、時習館出仕

  四、辭世、墓地

 第八章 餘説

  交遊

第二編 學問

 第一章 語學

  一、詞の八衢補遺

  二、玉霞、窓の小篠

  三、詞の玉緒補遺

  四、増補雅言集覽

 第二章 文學

  一、御小姓時代の歌風

  二、長崎時代の歌風

  三、長崎時代の影響

  四、幤の時代と水島

  五、歌の意識

  六、本間素當との問答

  七、晩年の歌風

  八、文章隨筆

第三編 思想

 第一章 壯時の言擧

 第二章 山縣太華の所論を駁す

 第三章 橘守部長澤伴雄との思想的關渉

 第四章 最後の告白

第四編、著書目録

 一、語格に關するもの

 二、和歌に關するもの

 三、詞文に關するもの

 四、日記・紀行に關するもの

 五、考證に關するもの

 六、隨筆に關するもの

 七、道義に關するもの

 八、註釋に關するもの

 九、創作に關するもの

 十、國史に關するもの

 十一、雑纂

第五編 年譜、家譜

 一、中島廣足略年譜

 二、中島家々譜

http://uwazura.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/_1944_b406.html
書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。