小宮豊隆『芭蕉句抄』

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
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2020年1月末に消えるそうですが、移転先は未定です。

小宮豊隆『芭蕉句抄』

小宮豊隆

岩波新書

芭蕉


その一

 月そしるべこなたへ入せ旅の宿

 花に明ぬなげきや我が歌袋

 時雨をやもどかしがりて松の雪

 しほれふすや世はさかさまの雪の竹

 雲とへだつ友かや雁の生キ別れ

その二

 天秤や京江戸かけて千代の春

 命なりわつかの笠の下涼み

 門松やおもへば一夜三十年

 大比叡やしの字を引て一霞

 梢よりあだに落けり蟬のから

 行く雲や犬の欠尿むらしぐれ

 霜を著て衣かたしく捨子哉

その三

 あら何ともなやきのふは過てふくと汁

 実にや月間口千金の通り町

 甲比丹もつくばはせけり君が春

 雨の日や世間の秋を堺町

 わすれ草菜飯につまん年の暮

その四

 花に酔り羽織着てかたな指す女

 今朝の雪根深を園の枝折哉

 枯枝に烏のとまりたるや秋の暮

 よるべをいつ一葉に虫の旅ねして

 夜ル竊《ヒソカ》ニ虫は月下の栗を穿ッ

 雪の朝独リ干鮭を囓《カミ》得タリ

その五

 しばの戸にちやをこの葉かくあらし哉

 芭蕉植てまづにくむ荻の二ば哉

 いでや我よきぬの着たりせみごろも

 藻にすだく白魚やとらば消ぬべき

 闇夜《ヤミノヨト》きつね下はふ玉真桑

 夕顔の白ク夜ルの後架に紙燭とりて

その六

 侘テすめ月侘斎がなら茶歌

 さびしさを問てくれぬか桐一葉

 芭蕉野分して盥に雨を聞夜哉

 櫓の声波ヲうつて腸氷ル夜やなみだ

 くれ〳〵て餅を木魂のわびね哉

その七

 似合しや新年古き米五升

 よの中は稲かる頃か草の庵

 我がためか鶴食み残す芹の飯

 髭風を吹て暮秋歎ズルハ誰ガ子ゾ

 氷苦く偃鼠が咽をうるほせり

その八

 椹《クハノミ》や花なき蝶の世すて酒

 あさがほに我は食くふをとこ哉

 三ヶ月や朝顔の夕べつぼむらん

 世にふるもさらに宗祗のやどり哉

 夜着は重し呉天に雪を見るあらん

その九

 花にうき世我酒白く食黒し

 うぐひすを魂《タマ》にねむるか嬌柳

 元日やおもへばさびし秋の暮

 南もほとけ草のうてなも涼しかれ

 野ざらしを心に風のしむ身哉

その一〇

 霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き

 猿を聴く人すて子に秋の風いかに

 道のべの木槿は馬にくはれけり

その一一

 馬に寝て残夢月遠し茶の煙

 みそか月なし千とせの杉を抱嵐

 蘭の香やてふのつばさにたき物す

 蔦植て竹四五本のあらしかな

その一二

 手にとらば消ん涙ぞあつき秋の霜

 僧朝顔幾死にかへる法の松

 碪うちて我にきかせよや坊が妻

 秋風や藪も畠もふはの関

 死にもせぬ旅寝の果よ秋の暮

 こがらしの身は竹斎に似たる哉

その一三

 草枕犬も時雨るゝか夜の声

 海くれて鴨の声ほのかに白し

 としくれぬ笠きて革鞋はきながら

 春なれや名もなき山の朝がすみ

その一四

 梅白し昨日や鶴を盗まれし

 樫の木の花にかまはぬ姿かな

 我きぬにふしみの桃の雫せよ

 山路来て何やらゆかし菫草

その一五

 辛崎の松は花より朧にて

 いのちふたつのなかに生たる桜かな

 梅恋て卯の花拝むなみだかな

 牡丹蘂ふかく分出る蜂の名残哉

その一六

 白げしにはねもぐ蝶の形見哉

 つゝじいけて其陰に干鱈さく女

 菜畠に花見顔なる雀哉

 明ぼのやしら魚しろきこと一寸

その一七

 月はやし梢は雨を持ながら

 寺に寐てまこと顔なる月見哉

 此松の実ばへせし代や神の秋

 旅人と我名よばれん初しぐれ

その一八

 一おねはしぐるゝ雲か雪の不二

 星崎の闇を見よとや啼千鳥

 寒けれど二人寐る夜ぞ頼もしき

 冬の日や馬上に氷る影法師

その一九

 鷹一ッ見付てうれしいらご崎

 磨なをす鏡も清し雪の花

 いざ行む雪見にころぶ所まで

 旅寐してみしやうき世の煤はらひ

 旧里や臍の緒に泣としの暮

あとがき

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。