大矢透

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大矢透

大矢透 國語學者

幼名】又七郎

【號】蔦廼舍《つたのや》・水齋

【生歿】嘉永三年十二月三日越後新發田《しばた》領根岸村に生れ、昭和三年三月十六日歿す,享年七十九。

【閲歴】明治四年以來、新潟皇學校句讀講師.同教導職訓導、郷社諏訪神社祠掌を經て、明治八年新潟師範學校に入學し翌年卒業、以後.山梨縣師範學校、茨城師範學校、茨城縣第二中學校.文部省に奉職.二十四年、大日本圖書株式會社に入り教科書編纂に從事、三十二年四月、臺灣總督府民政部學務課編書事務囑託、三十五年四月、國語調査委員會補助委員を囑託せられ、國語に關する調査に從事したが、翌年、高嶺秀夫所藏の法華文句訓點(平安朝初期のもの)を見て假名研究の志を起し.これを畢生の事業とし、京畿の諸寺に赴いててその資料を蒐集した、明治四十二年九月、國語調査委員會委員を命ぜられたが、その翌年、「假名遣及假名字體沿革史料」(別項)を出版した。

明治四十四年國語調査委員會は廢止されたが、その後啓明會から研究費の支出を得て研究を繼續すると共に、從來の研究の成果なる「假名源流考」(別項). 「周代古音考」なども出版した、大正五年七月、假名研究に對して學士院賞を授與せられた。八年八月、居を奈良に移し、正倉院その他の古經卷の訓點を研究したが、十二年八月、東京に歸つた。十四年七月、「假名の研究」に對して京都帝國大學から學位を授けられた、同十五年、老齢の爲、蒐集した假名研究資料春日政治に譲つて研究の繼續を委託し,自身は畫筆に親しんだ、

【著作】

假名研究關係〕假名遣及假名字體沿革史料

假名源流考

周代古音考及韻徴二册(大正三年六月刊)

音圖及手習詞歌考(別項)

假名の研究一册(大正十五年八月刊)

韻鏡考(別項)

○地藏十輪經元慶點?一册(大正九年十二月刊)

成實論天長點一册(同十一年三月刊)

○願經四分律古點?一册(同十一年八月刊)

○有林福田方?一紙(同年頃)

隋唐音圖一冊

○古言衣延辨補考?(一名「古言衣延辨證補」)(明治四十年一月脱稿)

○假名沿革餘材?(一名「眞木の嬬手?」)(同四十三年脱稿)、

その他、訓點に關する稿本二十餘種あり、

〔其他〕語格指南一册(明治十三年八月刊)

○わつかのこらへ一册(同二十四年刊)

○大東讀本四册(同二十六年刊)

國語溯源一册(同三十二年三月刊)

○台湾教科用書 国民讀本九册(同三十四年刊)

○東文易解一册(同三十五年七月刊)

日本文典課本一冊(同三十八年九月刊)

○現行普通文改訂調査ノ報告ノ一 一册(同三十九年三月刊)

○おもふがまゝのしらせ二册(大正六年五月刊)

○大和民族不言の教(未定稿)(昭和三年稿).

【學風・業績】博士は絡始創始發見を重んずる研究的態度を持し、假名の研究に於ては、各時代訓點からして歴代の變遷を徴すべき實例を探り集めて、歴史的研究の基礎を作り、またア・ヤ兩行のエの區別が平安朝初期以前の文獻に存する事を確め、最古の萬葉假名用法が.周代の古音一致するものがある事を見出し五十音圖及び伊呂波歌・天地詞などを弘く集めて、成立の年代・由來・作者等を考へ、又日本漢字音の由來を探るに「韻鏡」の必要なる事を認めて「韻鏡」の根本的研究を行ふなど、假名に關係ある問題に就いて、多くの資料を某として、徹底的に歸納的に研究を進め、種々の方面に新生面を開いた、 〔龜田次郎

[參考]國語と國文學(昭和三ノ七、追悼記事)

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/24930688.html

近代文学研究叢書28

冨山房国史辞典 筧五百里

『国語学辞典』『国語学大辞典』 春日和男

国史大辞典』 築島裕

「大矢透博士著書論文目録」

春日政治「古訓点の調査を中心とした大矢透博士の研究」

太田晶二郎「大矢透博士の著書稿本刊本及び蔵書 伝記的書目

森鴎外「奈良五十首」

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。