大島正健「川のツン説につき三宅武郎氏に答ふ」

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大島正健「川のツン説につき三宅武郎氏に答ふ」

大島正健

国学院雑誌1933.4

川のツン説につき三宅武郎氏に答ふ 大島正健

 川の古音にツンの音ありたりといふ説の、音韻學上根據無きは、既定の事實として確信し居りたるに、今に至り其賛成者なりと、名告を掲げて出でられたる人あるには驚かざるを得す。迷惑ながら余の名を呼んで質問を懸けられたるには、打ち捨て置く譯にも參らす。余は元來無益の論爭を好まず。質問者と余とには其意見の立脚點に大間隔あるを覺ゆ。左に余が意見の概要を記すべし。

 川と同系に屬する殷灑隱員云温巾斤董筋露君軍昆艮困屯豚典盾辰先春参舛奪孫存奔分焚門文冤等は先秦の古韻にては常に往來したるなり。形聲字の組織も亦其の相通じたるを示す。漢魏の時代に至りても、右の類の中には尚密接なる關係を保ちたる者多かりしが如し。列記せる諸字に共通する古韻の聲をオエンと定めたり。之に對して我國の現代音には開口合口の兩音を通じてオンの聲多く、ウンの聲は合口音の方に限ると言ふも可なり。オンは古韻に近似の聲なるべし。故に同字に漢呉兩音ある者よりは、その呉音の方のオンの聲ある者を探りたるなり。この呉音といへるは古音にて、呉音漢音より古きは周知の事實なり。余が特にオン説を取るは、自然の事實を基とするに出でたるにて、學説を無視して、自説を強調したるに非ず。之を若し質問者の如く、ウンの聲に作るときは、古韻解釋はメチヤメチヤと爲り、古韻轉化の迹も全く原ね難きに至るべし。恐らくは川のツン説辯護のために、故意に立てられたる説ならん。速かに其説を撤回せられよ、さに非ざれば相抱いて共に濁流の中に溺れ去るが如き虞あるなり。

 先秦時代に川にツンの音ありたりとせば、左の如き押韻の例は、全く難解と爲るなり。

    書、洪範

 皇極之敷言、是莽是

   易下象傳

 初六之吉順也、渙弃其 得願也

   禮祭義

 日出於東、月生於西、陰陽長短、終始相巡

  順巡は「説文」に皆川の聲と記す。

 漢魏の時代に在りて前記の諸字音變化を生じ、其中より別韻に分れ屬するに至れる者ありて川の如きは先西舛荐典殄煙圓等と共に先(後世の名目)の韻に入れるなり。

されど他の諸字猶相押韻すること多かりしが如し。魏末晋初の頃より、分裂の迹次第に明確と爲り。往古同韻なりし者、別韻に分れ屬するに至れり。六朝の時期次第に進むに随つて、隋唐韻の如き分韻は生じ來れるなり。

 年代の遙かに隔たれる「韻鏡」にても。第十七轉の一等に痕、二等に臻、三等四等に眞を列し、第十八轉の一等に魂、三等四等に諄を列す。(平聲のみを舉げ上聲去聲入聲省略す)。第十九第二十の兩轉には一等を缺けるも、前兩轉と同系の者なりと判定す。「韻鏡」は猶漢魏音の面影を留め、往古相通じ後世相分れたる者を同轉の中に配置す。一等はオンの聲にて、二等以下はイン又ウンの聲なり。オンを基として、イン又ウンに變化したる者あるを示すが如し。論は一等韻にてロン(luon)倫は三等韻にてリンなるを見れば、ここより押して音變化の一般を察し得らるベし。呉音に由りて隱をオの仮名に用ゐ、近をコン、乞をコツの假名に作るは、漢魏の古音の痕を留むるものなるべし。隱近は「韻鏡」にては三等韻に屬す。

 是れより六朝の時期に移り、眞・文兩韻(平水韻の名目)の分裂し、其中の合口音の方にヰン(yiun).ウン(yun)の聲の出でたるを説明すべき順序と爲る。されど其は遠慮すべし。我獨り物識顔にて、講義に類する、くだぐだしき文を輩し、貴重なる紙面を塞ぎ、讀者に迷惑を懸くるは、甚だ好ましからぬことなり。音韻學上の知識を求むる質問者は來訪せられよ、然らば口頭にて卑見を細説すべし。

 我が五十音假名は何れの時代原音を標準として作られたるものなるか.其中には六朝時代字音を基としたる者最も多きが如く思はる。川は漢魏晋にてはセン(tsiuen)にてエンの聲なりしこと動かす可からす。假名原音としては其時代既に古し。是より更に周秦時代に溯り、その當時の音に據りたるものと考ふべきか、洵に覺束なき推測なり。しかも之をツンを維持するウンの聲と爲すときは、忽ち時代錯誤に陥るベし。漢魏以後は川釧と順馴巡等とは、其韻の所属を別にし、一を以て他を推すべきに非す。順馴巡等のウンの聲は「韻鏡」の第十八第二十兩合轉の三等韻に屬する六朝以後の音なり。此等の諸字の音を以て、既に別韻に屬する川の古音を忖度することの當を得ざるは明かなり。古書にウンの聲の假名を用ゐたるもの多しとて、多くは六朝音を基としたるものなるべければ、當面の問題には關係無かるべし。又古の學者の論を列記して、金科王條の如く考ふるは注意を要すべきことなり。現今にても外國語を精確に假名に寫すこと能はざるは、人の皆識る所なり。發音の知識に乏しき。我等の祖先が精確に漢字原音を寫し得たりとも思はれす。折々訛舛の寫法ありたりとて許容し置かざるべからす。之を原音に還さんとせば、相當の判斷を要す。音韻の道に委しからざる後世の學者の意見などは信頼するに足らざる者多し。物の根本を究めずして徒らに枝葉に亘るは、我國從來の和學者流の研究法の通病なり。此くの如くんば、問題の眞相に達すること難かるべし。

 舌齒兩音の轉換は其例無しとは主張せず。されど川の頭音舌音なりしと云ふは、未だ余の如き淺識者の目に觸れず。意ふに大矢翁の川のツン説は、左様の處まで行き屆きたるに非ざりしなるべし。恐らくは川の支那音のtsiuenなるより漫然とツの音に思ひ着かれたることなるべし。我方にts音の無かりしことなどは、當時翁の胸中には浮み出でざりしかと思はる。不幸にして翁と余とは音韻論の上に屡々衝突せり。翁は自論の弱所を指されても、決して他に譲らざる人なりき。翁と余とは文書を往復したることありしも、後に至りて感情を害し、筆紙の交際を絶つことゝなれり。翁が得意となりて川のツン説を主張せられたる時、余は只例の僻説として一笑に附し置きたるのみ。余は決して翁を非難する者に非ず。

前回の卑見は人に促がされて、止むを得ず發表したるなり。この問題については、必要あるに非ざれば再び筆を取らざることゝす。

 ツの原形に關しては、一に眞淵翁の鬥説に據りたるものなれば、別に答辯せず。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/oosima/miyake.pdf

大島正健「片仮名ツの原音と原形」

三宅武郎「「ツ・つ」の字原に就いて」

三宅武郎「再び「ツ・つ」の字原に就いて」?

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。