夢酔独言

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
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夢酔独言

http://uwazura.seesaa.net/article/8947613.html

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1177471/195

 おれが、此一両年、始て外出を止められたが、毎日/\諸々の著述物の本、軍談、また御当家の事実、いろ/\と見たが、昔より皆々、名大将、勇猛の諸士に至まで、事々に天理を知らず、諸士を扱ふ事、又は世を治るの術、乱世治世によらずして、或は強勇にし、或はぼふ悪く、或はおごり、女色におぼれし人々、一事は功を立るといへ共、久しからずして天下国家をうしなひ、又は知勇の士も、聖人の大法に省く輩は、始終の功を立ずして、其身の亡びし例し、あげてかぞへがたし。和漢とも皆々天理にてらして、君臣の礼もなく、父兄の愛もなくして、とんよくきょふしゃ故に、全き身命を亡ぼし、家国をもうしなふ事、みな/\天の罪を受る故と、初めてさとり、おれが身を是までつゝがなくたもちしはふしぎだと思ふと、いよ/\天の照覧をおそれかしこみて、なか/\人の中へも顔出しがはづかしくて出来ずと思ふは、去ながら昔年、暴悪の中よりして多くの人を金銀をもおしまず世話をしてやり、又人々の大事の場合も助けてやったから、夫故に少しは天の恵みがあった故、此様にまづあんのんにしているだらふと思ふ。

 息子がしつまい故に、益友をともとして、悪友につき合ず、武芸に遊んでいて、おれには孝心にしてくれて、よく兄弟をも憐み、けんそにして物を遣はず、麁服をもはぢず、麁食し、おれがこまらぬよふにしてくれ、娘が家内中の世話をしてくれて、なにもおれ夫婦が少しも苦労のないよふにするから、今は誠の楽隱居になった。

 おれのよふな小供が出来たらば、ながく此楽は出来まいと思ふ。是もふしぎだ。神仏には捨られぬ身と思ふ。孫や其子はよく/\義邦の通りにして、子々孫々のさかえるよふに心がけるがいゝぜ。

 年は九歳からは外の事をすてゝ、学文して、武術に昼夜身を送り、諸々の著述本を見るべし。へたの学問よりははるか増だから、女子は十歳にもなったらば、髪月代を仕習て、おのれが髪も人手にかゝらぬよふして縫はりし、十三歳くらゐよりは、我身を人の厄介にならぬよふして、手習などもして、人並に書く事をすべし。他へかてても、事をかゝず一家を治むべし。おれが娘は十四歳のときから、手前の身の事は人の厄介になった事はない。家内中のものが却て世話になる。

 男子は五体を強よくして、そしきをして、武芸骨をり、一芸は諸人にぬき出ていを逞ましくして、旦那の為には極忠をつくし、親の為には孝道を専らにして、妻子にはじあいし、下人には仁慈をかけてつかひ、勤をばかたくして、友達には信義をもって交り、専らにけんやくしておごらず、そふくし、益友には厚くしたひて道をきゝ、師匠をとるなら、業はすこし次にても、道に明らかにして俊ぼくの仁をゑらみて入門すべし。

 無益の友は交るべからず。多言を云事なかれ。目上の仁は尊敬すべし。万事内輪にして慎み、祖先をまつりてけがすべからず。勤は半時早く出べし。文武を以て農事と思ふべし。少しも若き時はひまなきよふ、道々を学ぶべし。ひま有時は外魔が入て身をくづす中だち也。遊芸にはよる事なかれ。年寄は心して少しはすべし。過ればおのれのよふになる。

 庭へは諸木を植ず、畑をこしらへ、農事をもすべし。百姓の情をしる。世間の人情に通達して、心にをさめて外へ出さず守べし。人に芸の教授せば、弟子を愛して誠を尽し、気に叶ぬものには猶/\丹誠を尽すべし。ゑこの心を出す事なかれ。万事に厚く心を用ひする時は、天理にかなひて、おのれの子孫に幸あらん。何事も勤と覚らば、うき事はなかるまじ。

 第一に利欲は絶つべし。夢にも見る事なかれ。おれは多欲だから今の姿になった。是は手本だ。高相応に物をたくわへて、若、友達か親類に、ふ慮の事があったならば、をしまずほどこしやるべし。

 縁者はおのれより上の人と縁組べからず。成丈にひん窮より相談すべし。おのれに勝るとおごりかって、家来はびんばう人の子を仕ふべし。年季立たらば分限の格にして片付てやるべし。

 女色にはふけるべからず。女には気を付べし。油断すると家を破る。

 世間に義理をばかくべからず。友達をば陰にて取なすべし。常住坐臥とも、にうわにして、家事を治め、主人のいかうをおとすことなし。

 せいけんの道に志て、万慎みて守るときは、一生安穏にして、身をあやまつ事はなかるまじ。

 おれは是からはこの道を守心だ。なんにしろ学問を専要にして、能く上代のをしへにかなふよふにするがいゝ。随分して出来ぬ事はないものだ。それになれるとしまひには、らくに出来る物だ。

 けっして理外の道へいることなかれ。身を立て、名をあげて、家をおこす事がかんじんだ。譬へばおれを見ろよ。理外にはしりて、人外の事ばかりしたから、祖先より代々勤めつゞいた家だが、おれがひとり勤めないから、家にきづを付た。是が何寄の手本だは。

 今となりて覚て、いく様も後悔をしたからとて、しかたがない。世間の者には悪輩のよふにいわれて、持てゐた金や道具は、かしとりにあいて、夫を取にやれば、隠居が悪法で拵らへた道具だから、何返すに及ずといふし、金もまた、その心持で居るから、ろくに挨拶もせずによこさぬは。悟ば向ふが尤と思ふ。よい。かよふの事が出ても、人をばうらむものではない。みんなこちちのわるいと思ふ心がかんじんだ。怨敵には恩を以てこたへば、間違はない。おれは此度も頭よりおしこめられてから、取扱のものどもをうらんだが、よく/\考へて見たらば、みんなおれが身より火事を出したと気がついたから、まいばん/\罪ほろぼしには、ほけ経をよんで、陰ながら、おれにつらく当ったと、おれが心得違た仁々は、りっしんするよふに祈てやるから、そのせいか、此ごろはおれの体も丈夫になって、家内のうちに、なにもさいなんもなく、親子兄弟とも一言のいさかひもなく、毎日/\笑てくらすは、誠に奇妙のものだと思ふから、子々孫々も、こふしたらば、よかろふと気がつゐた故に、ひまにあかして、折々書付た。善悪の報ひをよく/\味はふべし。

 恐多くも東照宮の御幼少の御事、数年の御なんせん故に、かくの如くに太平つゞき、万事さかへるうれひ忘れ、妻子をあん楽にすごし、且は先祖の勤苦、思ひやるべし。夫より子孫はふところ手をして、先祖の貰た高を取うけて、昔を忘れて、美服をき、美味をくらひ、ろくの御奉公をも勤めざるは、不忠不義ならずや。こゝをよくおもって見ろ。今の勤めは畳の上の畳事だから、少もきづかひがないは、万一すべってころぶくらいの事だ。せめては朝は早く起く、其身の勤にかゝり、夜は心を安して寝て、淡白のものを食し、おごりをはぶいて諸道に心をつくし、不断のきるいは破れざれば是として、勤の服はあかのつかざれは是とし、家居は雨もらざれはよしとし、畳きれざれば是として、専らに、けん素にして、よく家事を治め、勤めつき合には、身分に応じて事をすべし。なんぼけんやくをすればとて、吝しょくはすべからず。倹吝の二字を味をふてすべし。数巻の書物をよんでも、心得が違ふと、やろふの本箱字引になるから、こゝを間違ぬよふにすべし。武芸もそふだ。ふころの業を学ぶと、支体かたまりて、やろふの刀掛になる故、其心すべし。

 人間になるにも其通りだ。とくよく迷ふと、うはべは人間で、心は犬猫もどふよふになる。真人間になるよふにい心懸るが専一だ。文武諸芸ともみな/\学ぶに心を用ひざれば、不残このかたわとなる。かたわとなるならば、学ばぬがましだ。よく/\この心を間違ぬよふに守が肝要だ。

 子々孫々とも、かたくおれがいふことを用ゆべし。先にもいふ通り、おれは今までも、なんにも文字のむつかしい事はよめぬから、こゝにかくにも、かなのちがひも多くあるから、よく/\考へてよむべし。

  天保十四寅年の初冬、於鶯谷庵かきつゞりぬ

                           左衛門太郎入道 夢酔老


書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。