嘉村礒多「途上」

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
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嘉村礒多「途上」

嘉村礒多

http://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card49655.html

小説


「き、き、君の態度は卑怯だ。甚だ信義《すんぎ》を缺く。た、た、誰にも言はぬなんて、實《づつ》ーに言語道斷であるんで、ある。わすはソノ方を五日間の停學|懲戒《ちようけい》に處する。佐伯も處分する考《かん》げえであつたが、良心の呵責《かしやく》を感ずて、今こゝで泣いだがら、と、と、特別に赦す!」、

 二度といふ強度の近眼鏡を落ちさうなまで鼻先にずらした、鼠そつくりの面貌をした川島先生の、怒るとひどく吃る東北辯が終るか、


階下の離座敷を借りてゐる長身の陸軍士官が、毎朝サーベルの音をガチヤンと鳴らして植込みの飛石の上から東京辯で、「行つて參ります」と活撥な聲をかけると、亭主は、「へえ、お早うお歸りませ」と響の音に應ずる如く言ふのであつた。

私は教科書を包んだ風呂敷包みを抱へて梯子段を下り、士官の音調アクセント》に似せ、「行つて參ります」と言ふと、亭圭は皮肉な笑ひを洩しながら、「へえ」と、頤で答へるだけだつた。私は背後に浴びせる亭主はじめ女房や娘共の嘲笑が聞えるやうな氣がした。

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。