和字正濫鈔

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
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和字正濫鈔

わじしやうらんせう

   和字正濫鈔 五巻  僧契沖

和事和字の根本沿革等より、其の體用變化等を説き、假名遣の事に至るまで詳論す。元祿六年癸酉〔二三五三〕二月二十一日の自序あり。同八年乙亥出版す。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/w/kokusyo_wa026.html

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/wa/kaidai_wa025.html




和字正濫鈔 五巻五冊

 僧契沖の著 元祿八年刊本を初めとして、元文四年本、文政十一年本、赤堀又次郎編「語學叢書」所載活版本、契沖全集所収活版本、大阪殿村家藏稿本一冊等がある。因に契沖の著にして著者の生前に刊行されたのは本書のみである。本書は契沖萬葉集研究の進捗に伴ひ、萬葉集等の古い假名遣が當時行はれてゐた「定家假名遣」と違ってゐたので疑問を有ち、日本紀より三代實録に至る古典假名遣を蒐集整理する事によって其處に一個の法則を見出さんとした事に成立の動機がある。その蒐集の語彙は約二千、從來行はれて居た「定家假名遣」の無標準と混雜とに對して本書は確然たる標準と根據とを有ってゐるもので、單に歴史的假名遣を初めて基礎づけたのみならず。當時絶對的に信奉せられて居る傳統的學説に對して自由なる討究と批判とを行ったことは、やがて學としての國語學國文學の誕生を導いた。契沖近世國學の鼻祖たる所以である。然し乍らその卓越せる學説も當初は學界を必ずしも風靡した譯でなく、むしろ諸家は多く之に反對した。成員秋成與清残夢及び二條家、冷泉家流の人々は即ちそれである。後に至って魚彦猛彦春海或は宣長義門等によってその説は増訂されて漸次世に行はれるに至った。

【參考】

* 契沖全集第九巻「契沖傳」久松潜一

亀田次郎国語学書目解題」)

新潮日本文学大辞典 岩淵悦太郎

国語学大辞典 中田祝夫

岩波日本古典文学大辞典 築島裕

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