和名類聚抄

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和名類聚抄

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/wa/kaidai_wa041.html

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2606770 (元和3)

https://textdb01.ninjal.ac.jp/dataset/kwrs/

倭名類聚鈔 わみゃうるゐじゅうせう 語学書

著者源順

略称和名抄

成立醍醐天皇の第四皇女勤子内親王の仰せによつて編纂したもので、朱雀天皇承平年中の著である。

諸本】十巻本・五巻本・二十巻本の三種がある。十巻本は本書の原形を伝へるもの。五巻本は十巻本を合冊したもの。二十巻本は後人が増補したものと認めらわてゐる。十巻本には京本・同一本(山田本及び福井本)・尾張本(大須本とも云ふ)・伊勢本昌平本・曲直瀬本等があり、五巻本には下総本(天文本とも云ふ)があり、二十巻本には伊勢広本・温故堂本・活字本(元和三年刊)・慶安本・寛政本及び近年発見の古冩本零巻一帖(保阪潤治氏蔵・複製あり)等がある。刊本としては二十巻本の活字本以下数種あり、又近年下総本を支那で印行し、大須本を古典保存会から玻璃版で出版した。江戸時代に於ては二十巻本が流行してゐたが、明治十六年に「箋注倭名類聚抄」(後出)が刊行され、爾後この書が流布してゐる。これは十巻本を底本とし、他の諸本を以で校合してあり、十巻本刊行の始めである。この版は大正十年の縮刷本、昭和二年の複刻本(同時に二種)があり、更に昭和十九年京大国語学国文学研究室から国語索引語末索引と共に縮刷刊行された。

【内容】本書は分類体の漢和字書で、その原本の形を存すると考へられる十巻本に於ては、二十四部百二十八門に分つて漢語を標出し、これに音と意義とを漢文で註し、万葉仮名和訓を加へたものである。二十四部は、

(1)天地部(風雨・水土等六門に分つ)。

(2)人倫部(男女・父母・婚姻等六門)。

(3)形体部(耳口・臓腑等八門)。

(4)疾病部(病類・瘡類二門)。

(5)術芸部(射芸・雑芸等四門)。

(6)居処部(居宅・門戸・道路等八門)。

(7)舟車部(舟類・車類等四門)。

(8)珍宝部(金銀類・玉石類二門)。

(9)布帛部(錦綺類・絹布類二門)。

(10)装束部(冠帽部・衣服部等八門)。

(11)飲食部(薬酒類・飯餅類等八門)。

(12)器皿部(金器・漆器等五門)。

(13)灯火部(灯火類・灯火具等三門)。

(14)調度部(仏塔具・祭祀具・征戦具等三十三門)。

(15)羽族部(鳥名・鳥体二門)。

(16)毛群部(獣名・獣体二門)。

(17)牛馬部(牛馬類・牛馬病等四門)。

(18)竜魚部(竜魚類・竜魚体二門)。

(19)亀貝部(亀貝類・亀貝体二門)。

(20)虫豸部(虫名・虫体二門)。

(21)稲穀部(稲穀類・稲穀具二門)。

(22)菜蔬部(藻類・菜類等三門)。

(23)果蓏部(果蓏類・果蓏具二門)。

(24)草木部(草類・竹類・木類等八門)。

以上の如くである。二十巻本は序に四十部二百六十八門に分つとあるが、本文は三十二部二百四十九門になつてゐる。即ち十巻本よりも、時令部・楽曲部・湯薬部・官職部・国郡部・殿舎部の六部が多い。本書の編纂に当つて用ひた書は、「弁色立成」「楊氏漢語抄」「本草和名」「日本紀私記」「切韻」「唐韻」「爾雅」等の支那韻書及び字書並に「周易」「春秋」その他の典籍が主なるものである。

【価値】本書は分類体の辞書としては我が国最大のものであリ、単に文字音義のみならず、事物に関する説明もあつて古代の文物百般の研究に有益であるところから、古来註釈書の類に引用せられて後世に及ぼした影響ほ多大である。和訓には最も力を用ひて、尽くこれを附したから、古文献訓釈や、古代語研究に益するところ甚だ多い。漢字音の研究にも亦有力な資料を供する。一々出典を明かにした中に、古逸書もあつて、その方面からも注目せられてゐる。

【末書】和名類聚抄釈義二十巻四冊(写本契沖著と伝ふ)。「和名抄」から語を抄出して、語源・類語等を簡単に記したもので、著者が「和名抄」に書き入れたのを、後人が抄出したものであらう(契沖全集には収めてない)。

箋注倭名類聚抄十巻(狩谷棭斎著。文政十年五月稿成る。明治十六年出版)。京本を底本として十餘種の異本校合し、和漢古書に照して考証を加へたもので、「和名抄」の研究としては、実に空前絶後の名著である。なほ本書の原本には、巻末には校譌及び異体字辨があつたが、明治十六氏年出版の際これを除いたのを、近年正宗敦夫が謄写版に附して刊行した。但し昭和四年に刊行した活版本には校譌、異体字辨及び索引を附してある。なほ棭斎には二十巻本にあつて十巻本にない「時令」「楽曲」等の部内について考証したのが、未定稿のまゝで残つてゐたが、後、山田孝雄博士がこれを整理して「倭名類聚鈔考証附録」と題したのを、謄写版で正宗敦夫氏が刊行した。因みに本書の標題は、もと「倭名類聚抄考証」とあつたものである。

箋注和名抄訓纂一巻一冊(森立之編。明治十九年五月刊)。棭斎の「箋注倭名類聚抄」の和訓いろは順にし、原本の丁数を記した索引である。後大正五年山田孝雄博士はこれを改訂して五十音順にし、「改訂 箋注和名抄訓纂」と題し、正宗敦夫氏は、これを前記「倭名類聚抄考証附録」と合冊して刊行した。

和名類聚抄地名索引一巻一冊(内務省地理局編纂明治二十一年七月刊)。「和名抄」に見える地名を、その最初の字の画数に依つて次第し、同字の下を国・島・郡・郷の四類に分けて列挙し、本文に註のあるものは、これを採録してゐる。

【参考】倭名類聚抄箋注異本について 亀田次郎(書物の趣味三)

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/26293113.html

倭名類聚抄(略名「和名抄」)十巻或は五巻、二十巻

 源順の著。本書は醍醐天皇の第四皇女勤子内親王の令旨を蒙って編したもので巻數によって十卷本(京本、山田本、福井本・大須本・或は尾張本、伊勢本昌平本、曲直瀬本、等)五卷本(下總本或は天文本)二十卷本(伊勢廣本、温古堂?本、元和三年古活字本慶安板本寛文板本等)がある。十卷本は本書の原形を傳へ、五巻本はその合冊本、二十卷本は後人の増補本。徳川時代には二十卷本が流布して居り、十卷本の刊行は明治十六年、の「箋註倭名類聚抄」(後問)が初めてゞある。猶近年下總本は支那で、大須本は古典保存會から元和本は古典全集に収められて夫々刊行された。本書は分類體辭書で(一)天抽部(貝土、水土等六門に分つ)を初めとし(二十四)草木部(草籔竹類末類等八門に分っ)に至る二十四部百二十八門に分ち(十巻奉ー二籔る)漢字を出し音ととを註したものである。二十卷本は更に時令・樂典・湯薬・官職・國郡・殿舎の六部を塘す本書は平安朝中期に成ったもので字義による分類體組織の辭書として本邦最古の且代表的のものであり、我邦及び支那の古い字音の研究、奈良朝平安朝國語研究、更に平安朝文物百般の研究にも亦貴重な資料である。

【末書】

* 「倭名類聚抄釋義?写本廿巻傳僧契沖著。和名抄から語を抄出して語源・類語等を簡単に配したもの。

* 「箋註倭名類聚抄」(前出)十巻、狩谷棭斎著。文政十年五月成稿。明治十六年出版(巻末の「校傳、異体字辨」無し)其他昭和四年版、正宗敦夫氏の謄寫版等があるが和名抄の研究として空前絶後のもの。

* 「倭名類聚鈔考證附録?」(或は倭名類聚抄箋註?棭斎著。十卷本にない六部門に就いての研究。未定稿だったが山田孝雄博士が整理し謄写版に附した。(倭名類聚抄箋註?異本について。亀田次郎 「書物の趣味?」第三号參照)

* 「箋註和名抄訓纂?」一巻 森立之明治十九年五月刋。棭斎箋註倭名類聚抄いろは順索引

* 、「改訂箋註和名抄訓纂?山田孝雄。前記いろは順五十音順に改めたもの、正宗敦夫氏の謄寫版がある。(前記「倭名類聚抄考証付録」と合冊刊行)」

* 「倭名類聚抄地名索引?」一巻 内務省地理局?編。(初め飯田瀧三郎?氏担当後井上政治郎?氏任之)明治廿一年七月刋。

亀田次郎国語学書目解題」)

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。