佐木隆三「日本漂民物語」

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佐木隆三「日本漂民物語」

佐木隆三

一九七七年二月二八日 第一刷発行

日本漂民物語 (1977年)

日本漂民物語 (1977年)





下町キャバレーで子持ちホステスが人生最良の日々を過すこと

東北訛りで、上野駅界隈は東北出身者が多く、新宿駅界隈は北陸出身者、新橋駅界隈は九州四国出身者が多いという国鉄中心の分類法は、あんがい正確なのかもしれない。



「大日本製鉄で重市と伍平がケンカして嘉助がトクしたこと」pp.41-74  

  「大日本製鉄」での東北人と九州人

「『みちのく』の主人は、おくに訛りをおさえながら、話を続ける。」

"飲む酒は知れちょるが、料理をパクパク喰うけん、勘定が高うなるっタイ"ちゅうて、持った盃をパッと投げつけたら、相手の箸に当って、ちょうどウニをすすろうとしとった中野重市は手元が狂うて、ずずっと鼻から吸いこみよった。ヤッコさん、なにやら怒鳴ったらしいが、ズーズー弁のところへ鼻からウニで、さっぱりわからんよな。

これはいくぶん古い話だが、大阪に建てた新工場に、九州から大量に転勤者が来た。小さな学校はたちまち転勤者の子弟であふれ、教室を九州弁が席巻する。教員はそれまでどおり、関西弁で授業するのだが、子どもたちはゲラゲラ笑うだけ。いくら叱っても、そのお説教がおかしいと笑い転げ、とても授業にはならない。ちょうどそのころ、圧倒的視聴率をあげていたのが関西局制作のお笑い番組で、顔の長い主役タレント関西弁がたまらなくおかしい。漫才コンビも関西弁であるし、九州の子どもたちは、関西の人間が関西弁を用いると理解するよりは、それは他人を笑わせるための言葉とひたすら思いこんでいた。だから教室での関西弁を聞いて、それが内容的にべつにおかしくはなくても、笑わせるための言葉と信じて、いっしょうけんめい笑ったのだ。

 大日本製鉄が発足してこの工場が操業を開始したころ、そういえば、名古屋弁タレントが「みんなウハウハ喜ぶでよ」といってインスタントカレーを宣伝し、「ハヤシもあるでヨ」と笑わせていた。この女子教員の授業のとき、東北の子どもも九州の子どもも、テレビコマーシャルを連想して、笑い転げたのではあるまいか。大阪では、教員が苦肉の策で関西弁をやめて九州弁を用いたら、ようやく笑いがおさまったという。


文庫

日本漂民物語 (徳間文庫)

日本漂民物語 (徳間文庫)

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。