仮名遣い

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仮名遣い

假名遣 國語學解説】元來は假名用法の義であるが、實際は、假名日本語を書くに當って、どんな假名を用ひるかが問題となる揚合(同音に對して二種以上の書き方可能である時、又は、同じ假名に二種以上の發音がある時)に就いてのみ言はれる(變體假名(別項)の如き、形は違つても、同じ假名と認められてゐるものに就いては言はない)。明治以後、これを西洋語に於ける正字法(Orthorgaphy)と同樣のものとし、廣く假名を以て語を寫す方法と解するものもある。


假名遣上問題となる事項】

(一)イと發音する「い」と「ゐ」と語中語尾の「ひ」、

(二)エと發音する「え」と「ゑ」と語中語尾の「へ」、

(三)オと發音する「お」と「を」と語中語尾の「ほ」、

(四)ウと發音する「う」と「ふ」、

(五)ワと發音する語中語尾の「わ」と「は」、

(六)mと發音する語の最初の「う」と「む」、

(七)ジ(又はヂ)と發音する「じ」と「ぢ」、

(八)ズ(又はヅ)と發音する「ず」と「づ」、

(九)カと發音する「か」と「くわ」、

(十)各行のオ段の長音發音する「あう」「かう」「さう」等及び「あふ」「かふ」「さふ」等と「おう」「こう」「そう」等及び「おふ」「こふ」「そふ」等と「くわう」、

(十一)ヨーと發音する「えう」「えふ」と「よう」「よふ」、

(十二)拗音オ段長音發音する「きやう」「しやう」及び「きやふ」「しやふ」等と「きよう」「しよう」及び「きよふ」「しよふ」等と「けう」「せう」等及び「けふ」「せふ」等、

(十三)「いう」「いふ」と「ゆう」「ゆふ」、

(十四)拗音のウ段長音發音する「きう」「しう」及び「きふ」「しふ」等と「きゆう」「しゆう」及び「きゆふ」「しゆふ」等。

以上は昔から今までも假名遣の問題となつてゐるものであるが、古代語のみに於ける假名遣の問題としては、ア行のエとヤ行のエ(eとye)の別、キ・ケ・コ・ソ・ト・ノ・ヒ・へ・ミ・メ・ヨ・ロ等、同音と認められた假名に於ける二類の別(後出)などが著しいものである。

假名遣の標準】右のやうな揚合に、何れの假名を用ひるのが正しいかを判斷する規準を假名遣の標準といふ。或る時代に於ける假名用法に基づいた傳統的の假名遣を標準とし、その假名と現代の發音との問の不一致を顧みないものを歴史的假名遣といふ。又現代語發音に基づき、これと假名とを一致させるやうにし、古來の傳統的の書き方を顧みないものを表音的假名遣といふ。この二つの標準は全く別のものであるが、實際社會に行ふには、唯一つの標準にのみ據ることが出來ず、多少他の標準を加味するのが常である。現今普通に正しい假名遣と考へられてゐるのは、主として平安朝半以前に於ける假名用法を標準として定めた一種の歴史的假名遣である。これは契沖が創めて稱へ、後の學者が追々に補訂したものである(後出「假名遣の歴史」參照)。その假名遣を定めた方法は次の通りである。

(一)平安朝半以上の文獻假名で書いた實例のあるものはこれによる。

(二)右の如き實例のないものは、傍例によつて定める(「をとつひ」の例によつて、「をととし」の假名遣を定める如き)。

(三)語源を考へて定める。

(四)以上の方法によつて定め難いものは、從來の慣習又は實際の發音による。


假名遣の種類】 純粹の日本語に關するものを國語假名遣?と云ひ、漢字音に闘するものを字音假名遣と云ふ。又近來、外國語假名で表はす方法を外國語假名遣といふ事がある。


假名遣の研究】二つの方面がある。一は事實の調査であつて、現代及び過去に於て、假名遣が實際如何に行はれてゐたか又はゐるかを明かにするものであり、一は標準の問題であつて、いかなる假名遣を正しいと認めたか、又は認めるかを研究するものである。なほ現代及び將來の假名遣を如何にすベきかといふ實行問題としての研究があるが、これは國語問題の一として取扱ふ(假名遣問題參照)。


假名遣の歴史】〔平安朝まで〕奈良朝及びそれ以前、萬葉假名のみ用ひられた時代に於て、同音に對して種々の文字が用ひられたが、しかし、異音には必ず別の文字を用ひたものらしく、ア行のエ(e)とヤ行の〓(ye)の區別及びキケコソトノヒヘミメヨロ等、十二の假名の各々に於てそれぞれ存したと思はれる二種の音の区別の如き、後の假名文字で書きわけないものも、それぞれ違つた文字を用ひて區別してゐる。平安朝に入って、前述十二の假名に於ける二種の發音の区別が失はれ、ついでア行のエとヤ行のエの区別もなくなリ、又音便と諸はれる音變化が生じたが、これも、区別の失はれたものは假名でも区別せず、變化したものは、變化したまゝに違つた假名で書いて、音の變化が假名の上にあらはれてゐる。かやうに、平安朝半頃までは、實際に於て大體表音的假名遣が行はれたらしく、假名遣に關しては何の問題も起らなかつた。平安朝の半以後、「い」「え」「お」と「ゐ」「ゑ」「を」とが同音となり、語中語尾ハ行假名ワ行假名とが同音となつた爲め、兩者の区別が失はれようとする傾向があらはれ.元來符號的である片假名に於ては、時を経ると共に著しくなつたやうであるが、平假名では、和歌假名文が盛に行はれた爲め、前代からの書き方が保存せられる傾きがあつて、片假名ほど甚しくはなかつたやうであるが、それでも、まゝ混同するやうになつた。


鎌倉・室町時代鎌倉時代初期になると、平假名に於ても、同昔の假名の混雜が著しくなったので、はじめて假名遣が問題となるに至つた。即ち「下官集」(補遺)の著者、多分藤原定家であらう)は、かやうな混雜を統一するために一の私案を出した。「下官集」の嫌文字事の條にあるものが、これであつて、「を」「お」「い」「ひ」「ゐ」「え」「ゑ」「へ」の八つの假名を擧げてそれぞれこれを用ひるべき語を示してゐる。これは、昔の歌集や假名文などを基として取捨したものらしく、その主義に於ては歴史的假名遣の一種と見るべきであるoこれが定家の假名遣として傳はつたo又これとほぼ同時代源親行(別項)が假名遣のまぎらはしいものを集録して、藤原定家校閲を經た假名遣書があつたやうであるが、項目は「下官集」と同樣で、語は多分それよりもつと多かつたものであらう。後に親行の孫行阿(知行)が語を補ひ、且つ「わ」「は」「ほ」「う」「ふ」「む」の項目をも加へた「假名文字遣」が傳はつてゐる。後世までも定家假名遣といはれるのは、主としてこの書である。これには、語によつて兩樣の假名遣を許し、又、「おけ」(桶)と「こをけ」(小桶)の如く、場所によつて假名を異にしたところもあるので、後には音調によつて定めたものと解して、語勢的假名遣とよばれた。これ等のものは定家の名によつて次第に世に廣まり、假名遣の唯一の規準として永く行はれた。但しこれは主として歌を詠む人々の間に行はれたので、その他の人々には及ばなかつた。殊に片假名で書く場合はさうである。その閥に長慶天皇御撰の「仙源抄」(別項)には、定家假名遣の根據に對する疑問を提出して、同音假名を書き分けるべき理由を見出し得ない事を論ぜられ.、僧成俊の「萬葉集」の跋には、定家假名遣が「萬葉集」の假名遣一致しない事を説いてゐるが、定家假名遣の流布は、それがために妨げられなかつた。室町時代に於ては、只一語々々についてでなく、いくつかの語に通ずる假名遣の規則といふやうなものをも考へるやうになり、字音との關係や、語義や、音相通などによつて設くものが出來た(二條良基の「後普光園院抄?」、一條兼良の「假名遣近道」、肖柏の「假名遣近道之事?」など)。


江戸時代江戸時代に入つても、依然として定家假名遣が行はれたが、國語音聲變化の結果として、ジとヂ、ズとヅが同音となり、開合の別、即ちアウ・カウ・サウの類の長音とオウ・コウ・ソウの類の長音との区別がなくなつたので、これ等の條項が加はった。「類字假名遣」(荒木田盛徴著)の如き、イロハ假名遣辭書も出來て實用に便じ、又、「一歩」の如き俗語假名遣にも説き及んだものもあらはれた。この時代になると、假名文字遣の中に矛盾や誤謬のあることを説いたものもあらはれたが、遂に契沖に至つて、新しい假名遣を稱へて、定家假名遣に大改訂を加へた。即ち契沖は、定家假名遣の根擦が不明であるのを遣憾としてゐたが、「萬葉代匠記」を作るため、古代の文獻を渉獵する際、その假名遣に注意して研究した結果、平安朝半以前の文獻に於ては、何れも假名用法が一定して、同書の假名用法が儼然として存する事を發見し、この時代文獻に於ける實例によつて假名遣を定め、定家假名遣の誤を訂した。かやうに契沖の新に立てたのは、古代の文獻に基づく歴史的假名遣である。契沖はこの假名遣の説を、まづ「萬葉代匠記」の惣釋に載せ、「代匠記」精撰本を作つた時(元祿二三年頃)からはじめてこれを自己の著書に實行し、元祿六年には「和字正濫鈔」(別項)を作つて.これを世に公にした。これに對して橘成員は、假名遣の法は四聲によるべきであると論じ(倭字古今通例全書)、貝原益軒の「和字解」の如きも大體舊來の説に拠つたが、契沖の説は、荷田春滿賀茂眞淵一派の國學者に認められ遵奉せられて、國學の興起流布と共に次第に世に廣まつて行つた。(これを古假名?と稱して、定家假名遣と区別した)その間、田安宗武(別項)は、假名發音のまゝに記すべきで、音が變ずれば假名も亦隨つて變ずるのを原則とすると論じて、表音的假名遣主義を説き、上田秋成ハ別項)は、宗武の説を引いて、假名遣は、自然の法則でなく人爲のものであるから、何れの法にもあながち拘はる必要がないと、放任主義を稱へたが、何れも顧みられなかつた。「和字正濫鈔」の誤を訂し、不備を補つて.五十音引とした楫取魚彦の「古言梯」(別項)が出で、更にこれを村田春海清水濱臣・山田常典等の補訂したものが出て次第に完備した。又本居宣長は、萬葉假名に用ひた漢字の字普と韻鏡とを對照し、字普の語を假名で書いた古代の實例をも參照して、漢字音假名遣を考へ、契沖の研究には缺けてゐた字音假名遣を定めた(字音假名用絡)。又、古代の文獻同音假名の国別が明確で、少しも混ずる事がないのは何故であるかに就ては、契沖は明かな考を持たず、ただ始めて文字に寫すとき別の文字で書いたのを、そのまゝ踏襲してゐたものと考へたやうであり、賀茂眞淵は、古代の大和地方に於ける音調(アクセント)の差によるものとしたが、宣長に至つて、古代語に於ける發音の差に基づくものとし、始めてその眞相が明かになつた。さうして宣長は、假名遣の正しい事を以て、上代國語の一大特徴と認めた。宣長は.又「古事記」の假名用法を研究して、同音假名でも或る特殊の語には、或る一定の文字を用ひて、その他のものを用ひない事を見出したが(例へば、ヌの假名には、奴と怒とあるが、「野《ヌ》」「角《ツヌ》」「篠《シヌ》」などの語のヌには怒のみを用ひて奴を用ひぬなど)、その弟子石塚龍麿は、廣く古代の文獻に於ける萬葉假名用法を研究した結果、エキケコソトヌヒヘミメヨロの十三の假名(「古事記」では、チ・モを加へた十五)では、同音の多くの萬葉假名が二類にわかれて、語によつて、その何れか一つの類に屬する假名を用ひ、他の類に屬ずるものは用ひない事を見出し、上邇以外の假名では、かやうな定まりなく、同音假名は、どれを用ひてもよいといふことを明かにし、「假名遣奥山路」(別項)を著して、その研究の結果を載せた。これは奈良朝文獻に存する定まりで、平安朝のものには見えず、從つて、假名文字では表はし得ない區別であるが、同音假名用法上の區別であるから、普通の假名遣と全然同性質のもので、假名遣名づけて差支ないものである。また、富士谷御杖の弟子奥村榮實は、「あめつち」(別項)に「え」が二つある事から示唆されて、伊呂波にはなく、五十音圖にのみ存する同音の三つの假名イエウの區別について調査し、「新撰字鏡」以前平安朝初期墜鬯の文獻に於て、ア行のエとヤ行のエとは、その用ひる假名及び語に區別があり、イ・ウには、さやうな區別がないことを明かにした(古言衣延辨)。以上の二つの研究は、古代語假名遣研究としては甚だ價値あるものであるが、近年まで、その價値は世に知られなかつた。しかし、たとひ知られたとしても、普通の假名文字には區別のないものであるから、實際上の假名遣には、あまり影響を及ぼす事はなかつたであらう。又敷田年治は「假名沿革」を作つて、假名遣の變遷を考證したが、用ひた資料に不適當なものがあつて、十分の功を收める事は出來なかつたが、この種の研究の嚆矢として注目すべきである。上述の如く、契沖の始めた歴史的假名遣は、江戸時代の終りには、益々弘く行はるゝに至つたが、しかし堂上家や舊派の歌人は、なほ定家假名遣を用ひ、又漢學者戯作者、一般庶民は、かなり縱《ほしいまゝ》な假名遣をした。


明治以後〕明治維新以後、政府で法典を作り、又學校の教科書を編するに當つて、契沖以來の歴史的假名遣を用ひた。しかし、新聞雜誌その他民間の出版物などは必ずしもこれに從はなかつたが、明治二十年代に國文學の研究が興つてから以後、次第に假名遣に注意するやうになリ、同三十三年の文部省令によつて國定教科書字音の語だけは、一種の表音的假名遣を用ひたが、同四十一年省令を廢して、國定教科書にすべて契沖以來の歴史的假名遣を用ひる事となり、中等學校の教科書、普通の新聞雑誌なども、大概これに準據し、違ふものがあつても少数に過ぎなかつた(但し、新聞漢字の振假名には、一種獨特の表音的假名遣を用ひるものがあつた)。昭和二十一年國語審議會は口語文について現代假名遣案を決議したが、以後これによるものも多くなつた。なほ明治以後、國語問題の一つとして假名遣に關する方策が盛んに論ぜられたが、これは別奥「假名遣問題」に詳しい。尚、「現代假名遣」(増補)參照。

【參考】 假名遣及假名字體沿革史料 大矢透

疑問假名遣 國語調査委員會

平家物語の語法 同上

定家の假名遣 吉澤義則(國語國文の研究)

親鷲上人の寫語法? 同上(同上)

假名遣の歴史 山田孝雄

なほ「國語學」の(參考) 參照            〔橋本*1

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*1橋本進吉著作権保護期間終了

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