亀田次郎

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
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亀田次郎

1876.09.11~1944.02.08

明治9年9月11日 生まる(『新潮日本文学大辞典』補遺による)

兵庫県印南郡曽根町1929(昭和29年7月1日高砂市となる)、家は製塩業という

明治11年9月生まれ(昭和14『国語国文学年鑑』第2輯による)

明治24年4月 大阪府大阪尋常中学入学

明治27年 川野健作の講述「貫鎖法」を筆記(亀田文庫811.6ka891k)

明治33年7月 第五高等学校卒業

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812892/78

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812894/77


明治33年11月『言語学雑誌』(1巻10号)新入会員名簿に載る

住所は本郷区森川町四十七番地羽州館 文科大学学生

明治33年11月号『歴史地理』新入会員名簿に載る

明治33年11月号『史学雑誌』新入会員名簿に載る

明治33年11月号『帝国文学』新入会員名簿に載る

明治34年7月 「島根県下出雲国方言取調報告」を国語調査委員会に提出

        (東大国語研究室に保存するも震災で焼失)(新村全集4-183,189)

明治35年4月「高橋残夢伝」 言語学雑誌3-1

明治36年 東大国語本『春樹顕秘抄』を書写す(亀田文庫915.7sy998)

明治36年7月 東京大学卒業(東大要覧等)

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813179/230

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813180/286

         (新村全集14-304では明治35年頃の卒業と)

昭和37年1月、国語調査委員会嘱託となる。

明治38年(1/22稿)「太田全斎伝」 国学院雑誌11-2

明治38年(2/20稿)「太田全斎伝補遺」 国学院雑誌11-3

明治38年3月17日『音韻調査報告書』刊

明治38年5月、東京大学文科大学助手となる

明治38年7月、国語調査委員会嘱託を兼ねる(40年3月までまで)

明治39年12月『口語法調査報告書』刊

明治40年5月「危険千万なる比較言語論」『帝国文学』13-5にJKの名で

(明治40年7月 平井金三「「危険なる言語論」に答ふ」『帝国文学』13-7)

明治40年8月「平井金三氏の駁論に答ふ」『帝国文学』13-8

(明治40年9月 平井金三亀田次郎君に答へます」『帝国文学』13-9)

明治40年10月「更に平井金三氏の所論を駁す」『帝国文学』13-10

明治40年「世にかくれたる上田秋成の一著書」學鐙11-5

明治41年七高へ赴任 同僚に山田準武藤長平伊波普猷らあり。

明治41年日本動詞活用古形論」 『帝国文学』14-3.5.6.7

明治42年1月25日「沖縄言語」 『七高学友会雑誌』13

明治42年6月『国語学概論』(帝国百科全書198) 博文館

明治43年日本数詞論」 国学院雑誌16-2(M42/10/6稿12/30増訂)

明治43年5月、刊年不明の『国語学通史』の最終記事、「最近」と記す

明治44年(5/5稿)「太田全斎伝続補遺」 国学院雑誌17-6

明治44年2月20日「国語学上に於ける谷川淡斎翁の事蹟」

               『谷川士清先生伝』大日本図書

明治44年5月9日「維新アイヌ語研究の先覚者-白野真雲翁」歴史地理17-6

明治44年5月9日「玉あられ論作者につきて」 心の花6

明治45年1月「国語学上に於けるアストン氏の功績」国学院雑誌18-1

明治45年2月「義門法師に対する卑見-東条義門国語学研究の動機」

(御橋悳言と共著) 国学院雑誌18-2

明治45年3月「和刻伊曽保物語の古版本につきて」 芸文3-3

大正2年「我が外交上に於ける東西日本語研究者の事蹟」国学院雑誌19-6・7

大正3年大正4年「蘭文創刊日本文典及び其の著者国学院雑誌20-12.21-4

大正5年・6年「徳川時代に於ける播磨二大地誌播陽万宝知恵袋播磨鑑につきて」

国学院雑誌22-10・11,23-3・4

大正6年『平野庸修翁伝』

大正6年曽根天満宮社司曽根氏蔵「和歌天爾遠波口伝」を写す(亀田文庫815.7/w37)

大正7年山片蟠桃翁の事蹟」藝文3・5

大正7年・8年「舎人姫王桧笠岡御墓考」 国学院雑誌24-9.25-3

大正8年6月25日『山片蟠桃翁の事蹟』 印南郡三治協会発行、大槻文彦

大正10年『児島範長墳墓考』 兵庫 亀田次郎(大阪外大石浜文庫216.ka84a)

大正12年5月15日「山片蟠桃翁の事蹟補遺」 国学院雑誌29-8

大正12年「露国創刊日露辞典及其著者国学院雑誌29-11

大正13年1月 富永仲基『翁の文』発見

(2月7日大阪毎日新聞に記事あり。3月11日中外日報に内藤湖南の文。6月に、亀田・内藤の序を付して複製刊行。内藤全集14-p102)

大正13年 大阪外国語学校休職(国語と国文学創刊号彙報)

大正14年 大谷大学教授となる

大正14年慶長版倭玉篇の系統及其縮刷本典籍之研究1

大正14年東条義門国語学仏教研究6-4

大正14年倭玉篇と節用集書物礼賛2

大正15年「柵草紙発刊の由来-明治文学紙史」書物礼賛3

大正15年字音仮字用格詞の玉緒刊本につきて」芸文17-8

大正15年、黒田梁太郎宅を訪ね黒田麹廬の資料調査をおこなう(京都大の人々と)

大正15年「黒田麹廬の業績及其著書」 芸文17-9.10

大正15年東条義門の三語学書の初刊について」芸文17-12

大正15年享禄板韻鏡の翻刻本書物礼賛4

昭和2年11月25日発行の『学士会会員氏名録』に京都市上京区田中大堰町23麻田克己方

昭和2年蘭学階梯和蘭語法解原刊本に就て」書物礼賛7

昭和2年「Hoffmannの日本文典書物の趣味1

昭和3年夏 別府で湯治をしてキリシタン遺跡をまわる(新村全集7-452)

昭和3年Medhurstの英和和英語彙書物の趣味2

昭和3年倭名類聚抄箋註の異本について書物の趣味3

昭和4年9月29日 新村宅を訪問(新村全集5-518)

昭和4年出定後語刊本について」 書物の趣味4

昭和4年おを所属弁についての一疑問」 芸文20-7

昭和5年9月5日懐徳堂にて韵鏡書類陳列(亀田文庫821.1/I393/1930-2)

昭和5年新出の韻鏡旧註大谷学報11-2

昭和5年浮世形六枚屏風の澳訳本」 書物の趣味6

昭和6年 「外人の日本語研究講義(雨宮尚治の筆記昭和48年出版)

昭和7年浮世形六枚屏風の仏訳本」 書物の趣味7

昭和7年1月31日、京都下総会館にて倭玉篇展観

昭和7年『倭玉篇展観書目録』(亀田文庫813.2/0879W)

昭和7年6月『日本文学大辞典新潮社

篤胤(語学者として)・姉ヶ小路式あゆひ抄磯の洲崎一歩伊呂波字類抄・伊呂波問弁?韻鏡音韻考韻鏡考韻鏡新解棭斎於乎軽重義翁満音韻仮字用例音韻啓蒙音韻考証音韻断音韻調査報告書音韻分布図音義全書音図及手習詞歌考音図大全呵刈葭下学集景樹雅言集覧雅言成法雅語音声考挿頭抄片糸活語雑話活語指南活語断続譜活語余論仮名源流考仮名遣及仮名字体沿革史料仮名遣近道仮字大意抄仮字本末仮字本義考漢呉音図漢字三音考義門疑問仮名遣行阿・圀雄・敬語法の研究言海・元愷?言語四種論諺語大辞典語意考口語法口語法調査報告書口語法分布図高等日本文法広日本文典語学自在語学指南語学新書国語学史国語のため古言梯古史本辞経五十音小説五十音嫡要・士清言霊指南言霊妙用論ことばの泉詞の緒環詞通路詞の組立詞の玉緒詞の玉橋詞八衢権田直助指出廼磯・撮攘集?佐藤誠実残夢字音仮字用格敷田年治成章・茂雄?戊申・蔚・小学日本文典消息文例舒言三転例助辞本義一覧初心仮名遣神字日文伝新撰字鏡声調篇節用集全斎・宗二?増補合類大節用集大日本国語辞典多識篇田中義廉谷千生玉あられ千楯地名字音転用例・常久?てにをは紐鏡てには網引綱・手尓波大概抄?篆隷万象名義東音譜東雅同文通考富樫広蔭中根淑・中村尚輔?男信奈良朝文法史南嶺日本語源の研究日本古代文字考日本小文典日本文法日本文法史日本文法新論日本文法論宣長白石浜臣春庭春海・春村?・万里?・彦麿?標準日本文法平他字類抄寛蔭広足弘訓物類称呼文雄平安朝時代の草仮名の研究平安朝文法史平家物語の語法法雲堀秀成磨光韻鏡雅澄雅望真淵御国詞活用抄道敏御杖・光則?物集高見物集高世守部保孝山口栞倭片仮名反切義解山彦冊子用言変格例用語大成俚言集覧・立礼?了阿類聚名義抄類集文字抄和句解和訓栞和語説略図和爾雅和字解倭字古今通例全書和字大観抄倭名類聚抄

昭和7年10月15日、大谷大学の学生と大阪府立図書館・天満文庫?等諸文庫の見学

昭和7年11月26日、大谷大学講堂で「明応本節用集について」講演

昭和8年大谷大学講義近世国語学史語法の研究(演習)

昭和8年4月29日、大谷大学教官は嵯峨野へ遠足

昭和8年5月25日、音声学協会会報?29・39号、上京区新町鞍馬口上ル佐川久次郎方(33号には下ルとあり)

昭和8年明応本節用集について国語と国文学10-5(3/30稿)

昭和8年『国語学書目解題』(国語学講座17) 明治書院

昭和8年刊、岡井慎吾『玉篇の研究』に「倭玉篇攷」の書名あり

昭和8年11月1日、『国語研究』手紙が載る

昭和9年3月10日、大谷大学にて午後3時より卒業生送別講演会「維新以後国語問題の非常時」

昭和9年講義題目、西洋人の日本語研究言語学概論

昭和9年歌道秘蔵録刊本立命館文学1-11

昭和9年寛政完本刊本「だいがく」著者の逸伝」 方言12

昭和10年6月3日、川瀬一馬が訪問、雨宮尚治もあり。数日前に転居したところ。(『読書観籍目録』p84)

昭和10年6月25日午後、講演維新以後の通俗辞書について」

昭和10年7月、音声学会報37号、上京区小山大野町53頭司恭之佑方

昭和10年(1/25稿)「国語辞書史改造社日本文学講座』16

昭和10年10月20日頃、大谷大学辞書展観

昭和10年刊本下学集について立命館文学2-4

昭和10年志田学士の越谷吾山を読んで立命館文学2-7

昭和10年富士谷御杖著「経緯略弁」について」立命館文学2-11

昭和10年節用集展観書目録大谷学報16-4

昭和10年『舎人姫王桧笠岡御墓考』(述) 兵庫 長田文昌堂(大阪外大石浜文庫)

昭和11年講義題目、日本音韻学史、語法の研究(演習)、言語学概論

昭和11年韻鏡古註と「道恵抄」立命館文学3-7

昭和11年4月、音声学会報、上京区出雲路立本町松本司氏宅

昭和11年10月9日、会議室に於いて今夏80日間北海道樺太に民族研究の旅を続けられた亀田次郎教授の講演あり

昭和11年(10/25夜脱稿)「徳川時代蝦夷地布教の一資料大谷学報17-4

昭和11年徳川時代刊行節用集の展観に就て大谷学報17-4

昭和12年2月発行『国語研究』大谷大学亀田次郎氏は永らく病臥入院せられてゐたが、このほど全快退院せられた

昭和12年講義語法の研究(廣日本文典口語法使用)(演習)、欧米人日本語研究講義方言一般論

昭和12年6月14日大谷大学国文学談話会「偽作本居宣長文典

昭和12年11月20・21日、亀田次郎教授所蔵「泰西人の日本語研究書」の展観あり。オヤングレンメキシコ日本文典を初めとして約90点その他参考書の陳列が有った。

昭和12年11月発行『音声学会報』49左京区下鴨宮崎町2-1笹井佐一郎方

昭和12年「「語学新書」の改竄本」 立命館文学4-8

昭和13年講義古辞書考、語法の研究(演習)

昭和13年6月14日大谷大学にて、「国語研究の追懐」講演

昭和13年「泰西人の日本語研究書目録」 大谷学報19-1

昭和13年無相文雄師の戯著」 大谷学報19-2

昭和14年度講義国語系統論、語法の研究(演習)、音声学概論

昭和14年6月30日大谷大学にて「韻鏡管見」講演

昭和14年10月28・29日、大谷大学図書館にて韻鏡諸本展観

昭和14年10月28日、大谷大学にて「韻鏡管見」講演

昭和14『韻鏡書類陳列目録』(孔版)(亀田文庫)

昭和14年「韻鏡管見(韻鏡諸本目録)大谷学報20-4

昭和14年版『国語国文学年鑑』京都市下鴨中川原町九三出口朝太郎方

昭和15年講義欧米人国語研究東条操氏著国語学新講(演習)、言語地理学方言

昭和15年6月14日、大谷大学にて「万葉集研究私見」講演

昭和15年11月『音声学会報』64に京都市下鴨中川原町九三杉田方

昭和15年無相文雄師の逸著大谷学報21-3

昭和16年講義古辞書考、国語学新講(演習)、言語学概論

昭和16年新韻集について大谷学報22-2

(『日本古典全集新韻集』に再録)

昭和18年2月10日『山片蟠桃全国書房

昭和19年1月 雨宮尚治、満州より帰任の挨拶

昭和19年2月8日 逝去(国語と国文学21-5に訃報)


昭和27年4月15日『増補改訂 日本文学大辞典 別巻』新潮社

井上淑蔭大槻文彦大矢透落合直澄黒川真頼

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/kameda/


PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典に項目あり。
http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm

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書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。