中井焦園

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
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中井焦園

 ナカヰ セウヱン 中井蕉園 大阪儒者、名は曾弘、字は伯毅、蕉園は其の號、一の號は仙坡、また介庵と號す 通稱遠藏、竹山の長子、幼より文藻絶倫今古比する者罕なり 嘗て一日祇園南海の一夜百律を讀みて其の敏捷を歎ず 或人曰く子能はざるかと蕉園曰く我れ律詩を學ぶこと期月ならば南海たるに何か有らんと遂に自ら賦才を試みんと欲す 竹山乃ち天象、地理、草木、禽獣、蟲魚、器用、人事に於て各々其の一を撰み以て一宵十賦の題(露、川、芭蕉、海棠、鶏、猫、鈴蟲、金魚、印、讀書)を命ず 蕉園即ち午よリ子に至りて十篇を成す 殆んど素構の如く初めより竄定を加へず 或人曰く是れ乃ち偶然のみ 焉んぞまた此くの如きを得んと 蕉園之を聞きまた父に請ひて人事十題(天爵、嘉遯、得志、失意、畏、怒、哀、樂、自悼、自叙)を得また期の如くにして成る 是に於て詩名大に轟く 聞く者嗟伏ぜざるなし 時に年二十六 享和三年八月四日歿す 年三十七、人皆な其の早世を惜む 私諡して文明と云ふ 著はす所一夜十賦の外仙坡遺稿あり(續近世叢語、續諸家人物志、鑑定便覧)

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/daijinmei/na/na010.html
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