三宅米吉等「方言取調仲間の主意書」

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
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三宅米吉等「方言取調仲間の主意書」

人の世に処るや、同気相投じて群居するものなるが故に、其の思想の各群各異なることは論を俟たざるなり。已に思想の異なるときは其の言語も亦自差異なきこと能はず。これ世界言語の種類多きを致すゆえんなり。

言語学者世界言語を大別して十二種とし、この種を又許多の族に分つ。而してこの族中に分るるものを方言とす。其の類甚多くして枚挙に遑あらざるなり。

我が日本国語はチュラニヤンと称する一種の属する所の一族にして、この族中方言の数亦甚多く且東西南北各地に随て各異あり。蓋我が地勢の数多の島嶼に別れ、山嶺到る所に蜿蜒して交通の便を障ふると、封建の制久しくして往来の途を梗塞せしとを以て、無数の小群各地に分居し、従ひて方言の数多きを致ししなるべし。

然るに王制古に復し封建の制跡を絶つに至り、人文日に進み、汽船あり、汽車あり、電信あり、東西南北気息通じ、往来最便を得て、〓〔郷向〕の謂はゆる数小群なりしもの今は変じて一大群となれり。これを以て従来各地に行はれし方言も互に相混合するのみならず、其の中最広く使用せらるるものの一に帰して其の他は漸跡を収めんとす。これ優勝劣敗数の免れ難き所にして我が国の言語に一大変化を生ずることは蓋遠きにあらざるべし

この言語の変化は吾が人民に便益を与ふること甚大なるべければ吾が輩は其の速ならんことを望むと雖、古来我が国語の間に起りし変遷と各地方言の起りたる理由とを明にし、且将来我が国語の如何に変化すべきかを予め知るは亦最緊要なることなるべし。而してこれを明にしこれを知るは方今の方言を蒐集して我が国語の現時の状態を詳にするにあり。これ吾が輩の今日この一大変化を望むと共に亦方言を蒐集せんことを望むゆえんなり。

方言を蒐集するの要は啻にこれに止らず。例ば其の変遷の土地気候等に関係ありや。朝鮮支那蝦夷及其の他の諸外国語の我が固有のものに混合せるもの幾何ありや。又其の混合したる語の多きは何れの地方なりや。封建時代に諸侯の移封したる事蹟は尚言語の上に存留せりや。等の問題に至りても亦各地の方言を蒐集せるにあらざれば容易に答ふることを得ざるべし

これに由てこれを観れば方今我が国各地の方言を蒐集するは操觚者流の一大急務なりと云ふべし。然るに未これに従事するものあるを聞かざるは何ぞや。思ふにこの事業の容易ならざると、我が国未、言語学の効用を認め得たるもの猶多からざるとによるなるべし。これ生等の遺憾とする所なり。これを以て不敏を顧みず、新に社友を募り以て全国の方言を網羅せんとす。これ一時奇を好むより出でたるにあらず。深く我が国言語学の為に惜む所あるを以てなり。伏して冀くは大方の諸君、生等が微志を洞察してこの業を翼贊あらんことを。


方言取調仲間の約束

一 この仲間の目的は各地方の方言を集め併せて我が国語の現時の有様及、其の遷り変りの次第を究むるにあり。

一 事務所は当分の内、東京下谷区練塀町十四番地とす。

一 仲間の事務を処弁せんが為、理事四人を置く。

一 有志の人は何人に限らず、仲間に入ることを得。

一 仲間の人は務めて方言を聚むることに尽力すべし。

一 仲間の入費は、当分有志者の寄附金にて弁ずべし。

一 各地方に世話掛を置き、其の地の方言の集め方の世話を依頼す。

一 事業の模様は時々これを仲間の人々へ報告すべし。

一 方言の集りたる節は仲間一同の評議の次第により、これを出版に附して仲間の人々へ配賦し、或は世に発売すべし。

一 この約束は仲間の協議によりて改正することあるべし



仲間の務

一 方言に関する版本又は写本あるときは其の趣を理事に通知し、其の依頼次第にて、或は購求し或は借り受け、若又其の持主これを売り或は貸し渡すことを諾せざるときは、其の持主に依頼するか或は人を雇ひこれを謄写して事務所に送るべし。

   但其の費用は事務所にて弁ずべし。

一 自取り集めたる方言は成るたけ詳細なる解釈を附し、又及ぶ限り言語の種類別をもなして事務所へ送るべし。



理事の務

一 理事は仲間より通知せる方言を取り集めて其の調べ方をなすべきこと。

一 理事は書信の往復等を司り又仲間の費用の受け払ひをなすべきこと。

一 理事は仲間に属する所の所有品を預り保つこと。

一 書籍を借り受けたるときは其の証書を理事より出すべきこと。

一 理事は時々仲間の事業の報告をなすべきこと。

一 理事は仲間の事業を処弁する為毎週一度集会すべきこと。

世話掛の務

一 世話掛は其の地方にありて理事の務を補佐すること。

一 其の地方にて仲間を募ること。


明治十八年四月


方言取調仲間理事

三宅米吉

辻敬之

湯本武比古

岡村増太郎


『文学博士三宅米吉著述集』(昭和4年10月3日発行)pp.849-851

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1917841/451

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。