あゆひ抄

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あゆひ抄

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脚結抄 あゆひせう 語學書 五卷六册 

著者富士谷成章

成立・刊行】安永二年稿成る。同七年三月刊

【内容】著者國語品詞を、「名《な》」「裝《よそひ》」「插頭かざし》」「脚結あゆひ》」の四種に分つたが、本書は專ら「脚結」についての研究である。本論に入るに先立ち、「おほむね」に於いて、本書を見るについて注意すべきことを記してゐる。

(一)冒頭に「名をもて物をことわり、裝をもて事をさだめ、插頭脚結をもてことばをたすく」と品詞を定義し、

(二)次に品詞の起原について、「あめつちのことたまは、ことわりをもてしつかにたてり。そのはしめは、名にもあらず、かざし、よそひ、あゆひにもあらず」と云ひ、又「この(名・裝・插頭脚結)の四のくらゐは、はじめのひとつのことだまなり」と云ふ。即ち言語は最初は「名」とか「裝」とかと一定の職分を有つてゐるものでなかつたのが、漸次發展するにつれて、それぞれ一定の形を備へ、一定の職分を有するに至つたとする。

(三〉次に脚結を更に五に分けた故を記し、

(四)次に言葉は、時代によって變遷する事を述べ、「六運」と標して、國語變遷の時代を六期に分けてみる。即ち「開闢より光仁天皇の御世までを.おしなべて上つよと云ふ。その後より花山院御世まで二百五年を中むかしといふ。後白川院御世まで百七十二年を中ころといふ。四條院御世まで八十四年を近むかしといふ。後花園院御世まで二百二十二年ををとつよといふ。其のちを今の世とす」と。

(五)次に時代に依つて言葉が種々變遷してゐるから、古歌を口語に譯する事は頗る困難である事。

(六)次に言葉の接續について注意し、

(七)次に「裝」については別に「裝抄」があるが、本書を見る人の爲めにとて、「裝」(動詞形容詞に當る)について略説しでゐる。曰く|裝《よそひ》を二大別して「事《こと》」(動詞に當る)と「状《さま》」(形容詞に當る)とす。「事」を更に分けて「事《こと》」と「孔《ありな》」とす。「状」を四種に細別す、「芝《しざま》」「鋪《しきざま》」「在《ありさま》」及び「返《かへしさま》」である。而してその活用は、「本《もと》」「末《すゑ》」「引《ひき》・靡《なびき》」「往《きしかた》」「目《めのまへ》」「來《あらまし》」「靡伏《なびきふし》」「伏目《ふしめのまへ》」「立本《たちもと》」の九段とす。

(八)次に插頭が名・弉・脚結に通ふもの、脚桔が名・裝に通ふものの事を云ひ、

(九)次に経緯《たてぬき》圖と題して五十音圖を掲げ、阿行に「を」を、和行に「お」を屬せしめるのは誤りであると云つて、これを訂正して阿行に「お」を、和行に「を」を屬せしめてゐる。

以上で「おほむね」を終り、いよいよ本文に入つて、「脚結」を説明してゐる。

所謂「脚結」とは、今日の用語で云へば、助辭助動詞及び接尾語などに當るもので、他の語の下に來る語を、著者は一括して「脚結」と稱したのである。而して「脚結」を更に細分して五類五十種にしてゐる。曰く

「屬」(五種。咏、や。疑、か。願、ばや。誂、よ。禁、な。)

「家」(十九種。そ、を、は、も、に、と、し、の、へ、ら、のみ、だに、より、なむ、ごと、もて、かほ、ながら、がてら。)

「倫」(六種。べし、ず、ん、あり、ぬ、き。)

「身」(十二種。て、し、めり、なり、ゆく、あふ、やる、かぬ、らる、す(令)す(爲)、ごと。)

「隊」(八種。み、く、げ、かし、なへ、もの、はた、がて。)と。

以下この項目に從つて「脚結」を擧げ、各語の意味用法を説き、古歌を引いて證明し、古歌には簡單に口語譯が附してある。


【價値・影響】本書の主體たる脚結の研究は、その材料の豐富な點、研究が緻密で分析的である點等は頗る注目すべきものである。但し脚結の分類の餘りに微細に過ぎるのは、缺點である。さて、本書が學界に及ぼした影響から見て特に偉とすべきことは、

(一)品詞の分類である。(この點「插頭抄」(別項)にも共通)名・裝・插頭脚結の四種に分つことは、國語品詞分類としては必ずしも妥當とは云へないが.品詞の分類を最初に爲したものは、實に成章である。爾後鈴木朖(別項)・東條義門(別項)等も品詞の分類をして居るが、それらは成章分類法の影響を受けた事頗る大なるものがある。

(二)装の研究。裝について説いたといふ「裝抄」は傳はつて居ない。が本書に於ける「装圖?」は歴史的に見て、驚嘆に値するものである。成章以前にこの種の研究を爲したものは、谷川士清賀茂眞淵等があるのみで、而もこれらの人は僅に活用五十音圖の關係を説明したに過ぎない。然るに成章は、事(動詞)と状(形容詞)を區別し、更に動詞を事(動作を現はす)と孔(存在を現はす)に區別し、状を在(形容動詞)・芝(久活用)・鋪(志久活用)返と區別して居る。この點は後に出た鈴木朖東條義門より却つて進歩して居る。その活用の研究は、固より不完全ではあるが、士清眞淵に比すれば、到底同日の論ではない。その裝圖はの「活語斷續譜」(別項)に影響し、更に間接的に「言葉の八衢」(別項)に影響を與へて居る。

(三)國語時代區分も亦見逃すべからざる事である。その區分は微細に過ぎて妥當を缺く嫌はあるが、今日に於いても國語史時代區分は確立して居ないのに、常時に於いて、而も最初に斯くの如き意見を發表した事は、驚くべき事である。

なほ經緯圖に於いて「お・を」の所屬を改めた事については、本居宣長の「字音假字用格」(別項)の説と符合するものであつて、どちらが先にこの誤りを發見したかは、學界の疑問であるが、插頭抄に於いて「お・を」の所屬の誤つて居る事と、及び東條義門岡本保孝等のこれに就いて述べて居る説とを併せ考へて、それは、宣長の功であらうと思ふ。

【末書】本書は前記の如く甚だ勝れた價値を有するが、成章の門下が榮えなかつた爲めに、末書の類は甚だ少い。

脚結抄翼(寫本。卷數未定。現存するもの二冊。富士谷御杖著)「脚結抄」の註解で、口語脚結の意を説き、古歌等を引用してある。

脚結抄考(寫本。一卷。保田光則著)「脚結抄」の文を註解し、誤りを正し、不備を補つたものである。

【參考】お・を所屬辨についての一疑問 龜田次郎(藝文二〇ノ七)         〔龜田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/25196006.html

脚結抄 五巻六冊

 富士谷成章著。安永七年刊。著者の分類による國語の四品詞かざしあゆひ、よそひ、名)の中「脚結」について専ら研究したものである。脚結とは今日の助辭助動詞感動詞及び接尾語等に當るものであるが著者はこの脚結を更に五類五十種に細分して項目に随って脚結をあげ、各語の意味用法を説いて之に古歌を引いて證明してゐる。猶、成章は本論に入るに先だって、冒頭に極めて重要な所説をなしてゐる。即ち(一)品詞論(二)言語の起源説(三)脚結を細分して五類五十種にした次第(四)國語時代的變遷に注目して六期に分けた事(成章は之を「六運」と稱ふ)(五)古歌を口語に訳する事の困難(六)詞の接續論(七)「装」(動詞形容詞にあたる)を「事」「状」に大別し、「事」を更に二種に「状」を亦四種に分け、それ等の活用を八等となし圖示して「装圖」とした事(八)挿頭脚結が他品詞に通ふ事(九)從來五十音圖でを・おの所属を誤れりと云って訂正した事等で、就中(一)品詞を四種に分類した事は品詞分類の先駆をなしたものであり、後の鈴木朖東條義門等に影響を與へ(二)装の研究者には谷川士清賀茂真淵等があったが、成章が之を事(動詞)と状(形容詞)に分け更に動作を表はす動詞、存在を表はす動詞、或は形容動詞、く活用、しく活用等に分けたのには遙に及ばない。のみならす後に出た鈴木朖義門さへも一歩を讓るものがある。又その装圖は「活語斷續譜」「言葉の八衢」に直接間接に影響してゐる。(三)又國語時代區分も徴細に過ぎて、缺點がないと云ふのではないが、この時代としては誠に卓見である。(四)お・をの所屬を改めた論はその卓見敢て宣長にゆづるものではない。斯く本書は極めて卓越した學的價値を有し乍ら、その説比較的學界から遠退いてゐた事は惜しむ可きである。最近本書の頭註本が出版されたがこれに依て初學者にはその難解の箇所が明かになったのである。

【末書】

* 「脚結抄翼富士谷御杖著。脚結抄の註解で口語脚結の意を説き古歌等を引用してゐる。

* 「脚結抄考保田光則著。脚結抄を註解し誤リを正し不備を補ってゐる。

【參考】

* おを所屬辨についての一疑問。亀田次郎「芸文」二〇ノ七。

亀田次郎国語学書目解題」)

http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%81%82%E3%82%86%E3%81%B2%E6%8A%84/

註釈

松尾捨治郎『あゆひ抄』

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書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。